通説の前に、まず答えを
「離婚は増え続けている」。世間にはそういう感覚が根強くあります。婚姻が減り、家族のかたちが多様になるなかで、離婚だけは右肩上がり——そんな印象を持つ人は少なくないのではないでしょうか。まず答えから。日本の離婚率の最新値は、2024年で1.55‰です(厚生労働省「人口動態調査」、人口千対)。人口千人あたり、その年に届け出られた離婚の件数を示す指標です。ただ、この値だけを見ても、高いのか低いのかは判断できません。長い系列の中に置いて、はじめて意味が見えてきます。
一次データで測る——山は今世紀初頭にある
系列の始点は1899年、値は1.53‰です。最新値との差は0.02‰、倍率にして1.01倍にとどまります。方向としては増加ですが、始点と終点だけを見れば、その幅はきわめて小さいものです。
ただ、始点と終点を結ぶ直線は、この系列の実像をほとんど伝えません。系列はまず明治末から昭和戦前期にかけて長く下り続け、1938年に0.63‰の底を打ちます。戦後は上下を挟みながら、高度経済成長のさなかの1963年に0.73‰まで下がったあと、上昇に転じます。1983年に1.51‰の小さな山を挟み、いったん緩んだあと、世紀の変わり目に向けて上りは急になります。頂は2002年の2.30‰です。
そこから最新年までは、おおむね下りが続いています。感染症下の時期には落ち込みが深まり、直近ではわずかに戻しましたが、頂の水準にはほど遠い状況です。最新値は頂よりおよそ三割低い水準にあります。「増え続けている」という通説は、少なくとも今世紀の頂以降については成り立ちません。増えたのは事実ですが、それは過去の局面の話です。
見落とされた事実——百二十五年かけて、ほぼ振り出しに戻った
この系列でいちばん意外なのは、実は頂の位置ではありません。始点と終点が、ほぼ同じ高さにあることです。1899年の1.53‰と、2024年の1.55‰。差はわずか0.02‰です。百二十五年の観測を経て、この数字はほぼ出発点の高さに戻っています。
奇妙に聞こえるかもしれません。明治の日本といえば、家制度のもとで婚姻が固く縛られていた時代、という印象が強いからです。しかし歴史研究では、明治期の日本は離婚が珍しくない社会だったことが指摘されています。系列はその起点から昭和戦前期にかけて一貫して下り続け、1938年の底に至ります。離婚が少なかったのは、私たちが「伝統」と思い込みがちな戦前・戦中の一時期であって、系列のはじまりではありません。婚姻をめぐる規範は、直線的に「緩んで」きたわけではないのです。
「昔は離婚が少なく、今は多い」という単純な物語は、この系列には当てはまりません。数字が描くのは、下ってから上がり、また下るという往復の軌跡です。現在の水準を「かつてない高さ」と読むか、「明治の水準への回帰」と読むか。同じ数字でも、どちらの読み方を選ぶかで意味はまるで変わってきます。どの時点を基準に置くか。それは統計の技術的な問いであると同時に、私たちが家族の歴史をどんな物語として持っているかを映す問いでもあります。個人的には、基準点の選び方こそが、この数字の読みを決めるのだと思います。
この数字の読み方の注意
本稿の数値は厚生労働省「人口動態調査」の年次別にみた人口動態総覧の確定数にもとづきます。単位は人口千対、つまり分母は総人口であって婚姻している人の数ではありません。そのため、この率から「結婚した夫婦のうちどれだけが離婚するか」を直接読み取ることはできません。また、系列には1943年と1947年のあいだに数年分の欠測があり、戦中戦後をまたぐ変化は幅をもって読む必要があります。