「自由な時間などない」という通説

働きづめで、自由に使える時間なんてほとんどない——。日本人の生活というと、そんなイメージが広く共有されています。まず結論から。1日あたりの「自由時間」の総平均は、2021年調査で376分。六時間あまりです(総務省統計局「社会生活基本調査」)。

ここでいう自由時間は、統計の言葉では「3次活動」のことです。睡眠や食事のように生きるうえで欠かせない時間(1次活動)と、仕事・学業・家事といった義務的な時間(2次活動)を除いた残り、つまり自分で自由に使える時間の総称で、テレビ、休養、趣味、娯楽、交際などがここに入ります。対象は10歳以上、平日も休日もならした週全体の全国平均です。

一日二十四時間のうち六時間あまり。体感より多いな、と感じた方もいるのではないでしょうか。ただこれは、働き盛りも学生も退職後の世代も、平日も休日も、ぜんぶを一枚にならした総平均です。自分の一日と引き比べるときは、この「ならし」の幅を先に見込んでおく必要があります。

五年おきの定点で測る

FIG.13次活動(自由時間)の総平均時間(週全体・10歳以上・全国)単位:
出典: 総務省統計局「社会生活基本調査」(2011–2021)

この数字のもとになっているのは、五年に一度おこなわれる総務省統計局「社会生活基本調査」です。人びとが一日の時間を何にどれだけ使っているかを大規模に調べる調査で、手元にある一次データは三時点あります。いちばん古い2011年が387分、次の2016年が382分、最新の2021年が376分です。

最大値は最初の時点(2011年、387分)、最小値は最新の時点(2021年、376分)。十年間の変化量は-11分で、倍率にすると0.97倍にあたります。三時点はどれも前の時点を下回っていて、上向いた区間は一度もありません。

ただ、あとで触れる調査上の事情があるので、これを「一貫した減少傾向」と読み切るのは急ぎすぎです。正確には、五年おきの時点どうしの比較として、それぞれの水準を押さえておくのが筋だと思います。

意外な一点——底は「家にいた年」にある

意外なのは、底の位置です。最新調査の2021年は、感染症の拡大で在宅が増え、外出や通勤が抑えられた時期にあたります。直感的には、拘束が減ったぶん自由時間はむしろ増えていてもおかしくありません。実際、別の記事でも扱いましたが、働き方の在宅への移行はこの時期に集中して進みました。

ところが、自由時間の目盛りは逆を向きました。三時点の最小値はこの年に記録されています。しかも区間ごとの下げ幅を比べると、前半(2011年から2016年)が五分、後半(2016年から2021年)が六分。いちばん大きく下がったのは、感染症をはさんだ最後の区間でした。家にいる時間が増えることと、自由に使える時間が増えることは、同じではなかったわけです。

原資料の注記は、数度の行動制限や三密回避の日常化などにより生活時間の配分が変化し、新しい生活様式が浮き彫りとなるような結果となっていることがうかがえる、と推量の留保つきで述べています。因果を確定できる材料は、この系列にはありません。ただ少なくとも、「拘束が減れば自由時間が増える」という素朴な等式が、この三時点のうえでは成り立っていないことは確かめられます。

外出が減っても、空いた時間がそのまま趣味や交際に振り替わるとは限りません。では、その時間はどこへ流れたのか。この系列だけからは見えません。見えるのは、自由時間の読みが、家にこもった年にこそ最小を記録したという一点だけです。自由とは、空白の時間の量なのか。それとも、時間の使い途を自分で選べることなのか。統計が測れるのは前者で、後者への問いは開いたまま残ります。

この数字の読み方の注意

まず、ここでいう「自由時間」は、調査の表章上は「3次活動(再掲)」です。日常語の「暇」とそのまま重なるとは限りません。次に、最新の2021年調査は、緊急事態宣言とまん延防止等重点措置が全地域で解除された直後におこなわれています。原注記も、行動制限等の影響で生活時間の配分が変化し、新しい生活様式が浮き彫りとなるような結果となっていることがうかがえる、と留保つきで述べています。最後に、この調査は途中から二種類の調査票を併用する方式に変わっていて、調査年どうしの比較には接続性への注意が求められています。この記事の数字も、なめらかな傾向線としてではなく、五年おきの時点の比較として読むのが安全です。