「実存主義」という言葉、なんとなく難しそうな響きですよね。でも実は、私たちが日々の生活で「どう生きるか」に迷ったとき、とても力強いヒントをくれる身近な哲学でもあります。 サルトルという哲学者が有名にしたこの思想を、できるだけシンプルに、でも本質的な深さは失わずに読み解いていきましょう。なお「実存主義」と呼ばれた思想家のなかには、この呼び名を拒んだ人もいます。この記事では、いちばん広く知られているサルトルの定式を軸に読み進めます。

実存主義の基本——「人間」と「道具」の決定的な違い

実存主義のいちばんのポイントは、「人間にはあらかじめ決められた役割(本質)なんてない」という考え方です。まずはここに存在し、そのあとに自分で自分をつくっていく。サルトルの掲げた定式で言えば、「実存は本質に先立つ」です。 この不思議な順序を説明するときに、昔からよく使われるのが「ペーパーナイフ」の例です。 道具(ペーパーナイフ)の場合: 「紙をキレイに切るため」という目的(本質)が先にあり、その設計図通りに形づくられて、この世に生まれます。つまり、目的が先にあるのです。 人間の場合: 私たちは「何のために生まれてきたか」という設計図なしで、この世に放り出されます。まず「そこに存在していること(実存)」が先で、その後の行動や選択の積み重ねによって、「自分は何者か」という形が後からついてくるのです。 つまり、「私は教師だから」「長男だから」「もう歳だから」と、自分の生き方を何かのアテに頼って決めてしまうのは、人間を道具と同じように扱っているのと同じことになる――この思想は、そう読まれてきました。

人生の意味は、自分でつくるもの

この思想が注目されたのは、神や伝統といった「人生の意味を保証してくれるもの」が信頼を失った時代でした。 「人生に意味がないなら、どう生きればいいの?」という不安に対するこの思想の答えは、こう要約されてきました。外から意味が与えられていないということは、自分で意味を自由に描き出せる余白を持っているということでもあるのだ、と。 図解にすると、その逆転がよく分かります。

実存主義:実存は本質に先立つ 道具(例:ナイフ) 人間 用途=本質が先にありそれに沿って作られる まず存在し何であるかは後から自分で作る 定義されてから在るのではなく、在ってから自らを定義する サルトルの定式として知られる標準的解釈

・道具:「用途(本質)があるから、存在する」 ・人間:「まず存在して、そのあと自分で用途(自分)をつくる」 この図解は、人間から状況の厳しさを奪うものではありません。生まれる場所も、時代も、身体も選ぶことはできません。そうした「変えられない状況」のなかでも、その状況をどう受け止めて、次に何をするかという「選択」だけは私たち自身に委ねられている――それがこの思想の中心的なメッセージだと解釈されています。

「自分らしく」だけでは足りない——自由という名の責任

よく「実存主義=自分らしく自由に生きる」という言葉でまとめられがちです。ただ、標準的な解釈では、これは半分だけの理解だとされています。この思想の語る自由は、もっと重いものだからです。 サルトルはこれを、人間は「自由の刑に処せられている」のだと表現した、と伝えられています。かなり重たい言葉です。「自由」であることは、素晴らしいことであると同時に、逃げ場のない「責任」を意味するからです。 どう生きるか、どんな自分になるか。その根拠を「性格だから」「環境が悪いから」と過去のせいにすることはできません。もし「選ばない」という道を選んだとしても、それは「選ばないことを自分で選択した」という事実に変わりないからです。 また、ある生き方を選ぶことは、自分だけの問題にとどまらない――サルトルはそう論じた、と伝えられています。何かしらの生き方を選ぶとき、私たちは「人間はこうあるべきだ」という姿を、無意識のうちに周りへ差し出しているのかもしれません。だからこそこの思想は、「自分らしく」という軽やかな響きだけでなく、自分で選んだ結果を引き受けるという「重み」や「不安」とセットで語られてきました。

「本当の自分」を探す前に——見るべきは未来にある

「本当の自分」を探したい——転職や進路で迷うとき、ついそう思ってしまいますよね。どこかに隠れている設計図さえ見つかれば、もう迷わなくて済むはずだと。 でも、この思想の見方では、順序は逆になります。「本当の自分」はどこかに隠れているものではなく、これまでの選択と、これからの選択によって、一歩ずつ手作りされていくものだからです。 内面の奥底をいくら覗き込んでも、固定された自分は見つかりません。本当に見るべきなのは、内側ではなく「これから自分が何を選ぶか」という未来の方です。

迷い続けることが、生きている証

実存主義を学んだからといって、人生の悩みが魔法のように消えるわけではありません。でも、視界は確実に変わります。 人生の意味は、どこかで見つかるのを待っているものではなく、日々の小さな選択を通じて私たちが毎日少しずつ手作りしているもの。もし今、何を選ぶべきか不安で足がすくんでいるのなら、それはあなたが「自分の人生を自分で動かそうとしている」何よりの証拠です。 「次に何を選ぶか?」という問いの前に立ち続けていること。それこそが、この思想が「実存」という言葉で指した状況だ、と読むことができます。