通説――「大転職時代」で、転職は増え続けているはず
転職をめぐる語り口は、この数年でずいぶん明るくなりました。終身雇用を前提にしたキャリア観は過去のものとされ、職場を移ることはリスクではなく戦略として語られます。「大転職時代」という言葉もすっかり定着しつつあります。だとすれば、実際に転職する人の割合も右肩上がりに増えているはずです。
まず、知りたい数字から。厚生労働省「雇用動向調査」によれば、常用労働者に占める転職入職者の割合、つまり転職入職率の最新値は2024年の9.7%です。ざっくり言えば、働く人のおよそ十人に一人が、その一年のあいだに前の職場を離れて、新しい職場に常用労働者として入った計算になります。周りで転職の話題が増えたなと感じている人にとって、この「十人に一人」は自分の位置を測る基準線になるのではないでしょうか。では、この割合は増えているのか、減っているのか。そこを測ります。
一次データで測る――針は上に振れていない
系列をさかのぼれるいちばん古い2015年の値は10.6%でした。最新の2024年は9.7%。十年ほど離れた両端を比べると、-0.9ポイント、つまり一ポイント弱の低下です。増えていないどころか、横ばいでもありません。わずかですが、下がっています。
途中の道のりも一本調子ではありません。たとえば2016年にはいったん下げて、2017年には持ち直しています。期間中いちばん高かったのは2019年の10.7%、いちばん低かったのは2021年の8.7%。山と谷の差はおよそ二ポイントで、系列全体はこの狭い帯のなかを行ったり来たりしてきました。
「大転職時代」という言葉から想像するような急な上昇は、少なくともこの統計のうえには見当たりません。
意外な一点――頂は感染症の前にあり、まだ戻っていない
この十年でいちばん大きく動いたのは、実は上げではなく下げでした。2019年に10.7%と期間中の頂をつけたあと、転職入職率は翌2020年に9.2%まで大きく落ちています。この一年の落差が、期間を通じて最大の変動です。感染症の拡大で企業が採用を絞り、人の移動そのものが止まったことが背景にあるとされています。
谷はさらに一年後にきます。2021年の8.7%です。その後は回復に転じて、2023年には10.4%まで戻しました。それでも頂には届いていません。そして最新の2024年は、また下げています。
ここから言えることは一つです。この系列のうえで転職がいちばん活発だったのは、「大転職時代」が盛んに語られるようになった近年ではなく、感染症の前でした。近年の回復は、失われた頂を取り戻す途中の動きであって、それを超える動きにはまだなっていません。
転職サービス市場の拡大や求人件数の増加を伝える報道はたくさんあります。ただ、それらは求人や仲介の統計であって、実際に職場を移った人の割合とは別のものです。「常用労働者のうち、その年に転職して入職した人の割合」という定義で数えるかぎり、日本で転職が急に一般化した、という姿は確認できません。語られていることと数字のあいだには、まだ埋まらない差があります。この差をどう読むか。しばらくは開いた問いとして、手元に置いておきたいと思います。
この数字の読み方の注意
転職入職率は「常用労働者数に対する転職入職者数の割合」で、分母にはパートタイム労働者を含む常用労働者の全体をとります。新規学卒者などを含む入職率の全体ではなく、入職者のうち前職のある人だけを数えた率である点に注意してください。また、雇用動向調査のe-Stat APIへの収録は途中で止まっていて、それ以降の値は私たちが結果の概況から転記した手動系列です。