定義への直答

無知の知とは何か。ざっくり言えば、自分が知らないという事実を、ごまかさずに自覚している状態のことです。そして、この自覚があるかないかが、知恵があるかないかの分かれ目になる。そういう考えとして解釈されています。古代ギリシアの哲学者ソクラテスに帰される概念で、弟子のプラトンが書き残した法廷弁明の場面に由来すると読まれてきました。

この概念が答えようとした問いは、はっきりしています。知恵とは何か。誰を知者と呼ぶべきか。

当時のアテナイでは、知恵や弁論の技術を教えると称する職業教師たちが、報酬を取って活動していたと伝えられています。「知者」という呼び名は評判の問題であると同時に、生き方や実益にも直結する問題でした。誰が本当に知恵を持っているのかは、放っておけない問いだったわけです。

伝えられるところでは、きっかけはデルポイの神託でした。ソクラテスにまさる知者はいない。この託宣の意味を確かめるために、彼は知者と評判の高い人たちを訪ね歩いたとされています。政治家、詩人、職人。どの相手も、自分の持ち場では確かに有能でした。ところが、専門の外にある大切なこと、たとえば善や正義については、知らないのに知っていると思い込んでいた。ソクラテス自身もそれらを知りません。ただ、知っていると思い込んでもいない。この差だけが、神託の言う「知者」の中身ではないか。彼はそう受け取ったと解釈されています。

ひとつ断っておくと、「無知の知」という言い回し自体は、原典の言葉をそのまま写したものではなく、後世に定着した要約だと読まれてきました。ですからこの概念を扱うときは、名言を暗記するのではなく、そこで何が起きていたのかという場面の理解が要ります。

つまりこれは、知識の量を誇る話でも、逆に卑下する話でもありません。自分の知の限界に、どれだけ敏感でいられるかという話です。

構造を言葉でなぞる

概念の骨組みを、言葉で整理しておきます。軸はふたつ、交差しています。ひとつは「実際に知っているか、知らないか」という事実の軸。もうひとつは「知っていると思っているか、いないか」という自覚の軸です。

組み合わせのなかでソクラテスが問題にしたのは、「知らないのに知っていると思っている」位置だと解釈されてきました。法廷で語られたとされる政治家や詩人たちは、ここに立っていました。彼らの不幸は、知識が足りないことではありません。足りていないという事実が、本人からは見えないことです。これに対して、知らないことをそのままにせず、知らないと自覚している位置があります。ソクラテスの立ち位置はこちらだと読まれてきました。

見落とせないのは、この位置の移動を可能にするのが問答だと解釈されてきた点です。自分の思い込みは、自分の目からいちばん見えにくい。他人からの問いに答えて、その答えの矛盾を指摘されて、はじめて「知っているつもり」の底が抜けます。ですから無知の知は、ひとりで完結する内省の徳ではなく、対話を必要とする実践だと読まれてきました。

もうひとつ注意したいのは、この骨組みのどこにも「すべてを知っている」という場所が用意されていないことです。人間の知は神の知とは違って、完全にはなりえない。弁明の場面はそう読まれてきました。だとすると、無知の知は、無知から完全な知へ渡るための通過点ではありません。人間である限り離れられない、探究の条件です。

「謙遜の美徳」という誤解

「私は何も知らないということを知っている」。無知の知は、しばしばこの一文で完結する名言として扱われます。そこから「謙虚であれ」という処世訓が引き出される。あるいは逆に、「知らないと認められる自分は賢い」という静かな自負の根拠にされたり、「知らないのだから仕方がない」という開き直りの口実に使われたりもします。心当たりのある方も多いのではないでしょうか。

この誤解には理由があります。まず、この概念は標語として短く切り出されて広まりました。前後の文脈、つまり神託と訪問と問答を落としてしまえば、残るのは謙遜の勧めに見えます。次に、「無知の知」という日本語の訳語は、「知」をまるで所有物のように響かせます。「知らないことを知っている」という言い方は、それ自体がひとつの達成であるかのように聞こえてしまう。近年の研究には、この語感のずれを避けるため「不知の自覚」という訳語を採るべきだという指摘もあります。

ですが、標準的な解釈が描くソクラテス像は、達成を誇る人ではありません。彼は自覚を得たあとも問い続けました。むしろ自覚こそが、問い続ける理由でした。知らないと分かっているからこそ、善とは何か、正義とは何かを相手に問い、返ってきた答えを吟味せずにいられない。無知の知は結論ではなく、探究を起動させる始点として読まれてきたわけです。

なお、「知らないと認められる自分は賢い」という受け取り方は、先の骨組みに照らすと自己矛盾を抱えています。自覚を賢さの証明として持ち出した途端、それは「知っているつもり」の別の形に戻ってしまうからです。謙遜として受け取る読み方も同じで、問いへ向かわせる働きがそっくり抜け落ちます。知らないと言って頭を下げた瞬間に問いが終わるなら、それは構図のうえで、ソクラテスの反対側に立つことになります。誤解を責める必要はありません。ただ、切り取られた標語と、場面ごと理解された概念とでは、持ち帰れるものが違います。

現代への接続

この概念を、仕事の場面にひとつだけ接続してみます。会議で「わかりません」と口にしたとします。このとき、その言葉の使われ方はふた通りに分かれます。問いを打ち切るための「わかりません」と、問いを開くための「わかりません」です。前者は「担当外です」という表明で、そこで検討は止まります。後者は、何がわかれば判断できるのかを特定しにかかります。どの前提が未確認なのか。誰に確かめれば埋まるのか。言葉は同じでも、向いている方向が逆です。経験を積んだ実務家ほど、後者の「わかりません」を正確に使う場面があります。断定を急がず、確認すべき未知を並べてみせる。これは自信のなさではなく、判断の精度を守るための手続きです。

無知の知で見ると、この違いが際立ちます。問題になっているのは知識の量ではありません。自分の知らなさを、隠すべき欠点ではなく作業の対象にできるかどうかです。たとえば測定の世界では、機器の較正を怠ると、どれほど精密に読み取った値も信用できません。自分の「知っているつもり」を確かめ直す作業は、この較正に似ています。知の中身を増やす前に、まず読み取りの狂いを疑う。

ソクラテスは答えを配って回った人ではなかった、と読まれてきました。彼がしたのは、相手の「知っているつもり」に問いを当てて、ずれを目に見えるようにすることでした。だとすれば、無知の知の意味をいま持ち帰るなら、それは謙遜の作法ではなく、問いを止めないための構えです。自分はいま、何を知らないままに判断しようとしているのか。この概念が手元にあれば、その問いだけは閉じずに済みます。