「日本人は有給休暇を取らない」。この通説は、長いあいだ定説のような顔をしてきました。付与された休みの半分も使わず、残りは静かに消えていく——ざっくり言えば、そんなイメージです。ただ、最新の数字はこのイメージをすでに追い越しつつあります。厚生労働省「就労条件総合調査」によれば、年次有給休暇の取得率は直近(2024年の取得状況)で66.9%。付与された日数のおよそ三分の二が、実際に使われている計算になります。半分どころではありません。では、この数字はどこから、どんな速さで上がってきたのでしょうか。
一次データで測る:およそ十年の上り坂
図は厚生労働省「就労条件総合調査」が示す取得率の推移です。観測の起点である2015年(対象年、以下同じ)の値は48.7%。この時点ではたしかに、付与日数の半分に届いていませんでした。通説は、かつては正しかったことになります。
そこから系列は一方向に動きます。直近の66.9%に至るまで、前の年を下回った年はひとつもありません。上げ幅は18.2ポイント、比率にしておよそ1.37倍です。最低値は起点の2015年、最高値は直近の2024年。谷が最初に、山が最後にある、迷いのない右肩上がりです。
途中の動きも確かめておきます。取得率が付与日数の半分を上回ったのは観測の早い段階で、51.1%を付けた年です。その後も上昇は途切れず、直近の数年は六割台で推移しています。いまの平均は、この線のいちばん右にあります。
意外な一点:最大の跳ねは、感染症の前にあった
この上り坂の理由として、多くの人が思い浮かべるのは感染症の流行ではないでしょうか。働き方が根こそぎ変わり、休暇への意識も変わった——そういう説明は直感に合います。ただ、データが指す転換点はそこではありません。
観測期間中、一年あたりの伸びがもっとも大きかった区間は、52.4%から56.3%への上昇です。感染症が世界を覆う前の年にあたります。この年、日本では働き方改革関連法にもとづく改正労働基準法が施行され、使用者に対して、労働者に年次有給休暇を確実に取得させる義務が初めて課されました。最大の跳ねは、この施行の時期に重なります。義務化との関連が指摘されていますが、私たちが確かめられるのは時期の一致までです。
それでも含意は小さくありません。取得率の坂を押し上げたのは、個人の意識の変化というより、制度の側の変更だった可能性があります。「取らない国民性」と呼ばれてきたものは、測りなおしてみれば「取らせない仕組み」の問題だったのかもしれません。仕組みが変われば数字は動き、動いた数字が次の当たり前をつくります。休むことへのためらいは、性格ではなく環境の産物なのかもしれません。この系列が示しているのは、そこまでです。問いはまだ開いたままです。
この数字の読み方の注意
この統計には、調査の年と、取得状況を数えた対象の年とのずれがあります。ある年の調査で公表される取得率は、その前の一年間(会計年度で数える場合を含む)の取得状況を映したものです。本稿の年次はすべて対象年でそろえています。また、ここでいう取得率は労働者一人あたりの平均で、労働者全体の取得日数の合計を付与日数の合計で割った値です。企業ごとの取得率を平均したものではないため、「平均的な会社の姿」とは必ずしも一致しません。個別の職場の数字と見比べる場合には、この定義の違いが効いてきます。
取得率がさらに上がりきったとき、休むことは権利の行使ではなく、ただの日常になります。数字がそこまで届くのかどうかは、まだ観測の途中です。