疎外とは、労働者が自分の作ったものから切り離されて、その作ったものが逆によそよそしい力になって、自分に立ちはだかってくる事態です。マルクスはこれを 『経済学・哲学草稿』第1草稿(疎外された労働) で「疎外された労働」として定式化しました。
もとの言葉はドイツ語の「Entfremdung」です。「fremd(よそよそしい、疎遠な)」という語を含んでいて、自分のものだったはずのものが、よそのものになっていく、という含みがあります。日本語の「疎外」も、この「疎遠になる」という語感を引き継いでいます。
この概念が答えようとした問いは、はっきりしています。労働は富を生みます。それなのに、働く本人はなぜ、働けば働くほど貧しく、無力になっていくように見えるのか。作られるものの世界が豊かになるほど、作る人間の世界が貧しくなるのはなぜか。マルクスは 『経済学・哲学草稿』第1草稿(疎外された労働) で、当時の国民経済学は私有財産という事実をただの前提として受け取るだけで、その事実がどうやって生じるのかを説明していない、と批判しています。疎外された労働の分析は、この説明されないままの前提に立ち入るための作業でした。
では、賃金を上げれば済む話なのでしょうか。この問いも 『経済学・哲学草稿』第1草稿(疎外された労働) に出てきます。マルクスが述べている趣旨はこうです。賃労働という関係そのものが変わらないかぎり、賃上げは労働者への報酬をよくするだけで、労働の疎外を解消するものではない。つまり疎外は、気持ちの話としても、待遇の話としても始まったのではありません。働くことと所有することのあいだで何が起きているのかを、概念のレベルで言い当てようとする試みとして始まったのです。
ちなみに、この定式化を含む草稿は、マルクスが生きているあいだには刊行されていません。二十世紀に入ってから公刊されて、若い時期のマルクスの思想を伝えるテキストとして広く読まれるようになりました。疎外の概念が二十世紀の思想や社会批評でさかんに論じられたのは、この公刊のあとのことです。
四つの側面を図でよむ
手元に一枚の図を描くつもりで読んでみてください。真ん中に「労働者」を置いて、そこから四本の線を引きます。疎外された労働は 『経済学・哲学草稿』第1草稿(疎外された労働) で、四つの側面に分けて論じられているからです。
一本目の線は、生産物からの疎外です。労働者が作ったものは労働者のものにならず、よそよそしい対象として、作った本人の前に立ちはだかります。たくさん作れば作るほど、自分が持てるものは少なくなり、自分の作ったものの世界に対して力を失っていきます。
二本目は、労働という活動そのものからの疎外です。働くことが自発的な活動ではなく、外から強いられたものになります。マルクスはこう書いています。労働者は労働の外でようやく自分のもとにあると感じ、労働のなかでは自分の外にあると感じる(『経済学・哲学草稿』第1草稿(疎外された労働)、訳は大意)。
三本目は、類的存在からの疎外です。マルクスは、人間が意識をもって自由に生命活動を営む存在だということを、「類的存在」という言葉で押さえます。疎外された労働は、この人間ならではの活動を、個体が生き延びるためのただの手段に引き下げてしまいます。
四本目は、人間の人間からの疎外です。自分の労働や自分の生産物との関係が歪むと、その帰結として、他の人との関係、他の人の労働との関係もまた歪んでいきます。
この四本の線は、ばらばらに引かれているわけではありません。まず生産物からの疎外と活動からの疎外があり、そこから類的存在からの疎外が導かれ、さらにそこから人間どうしの疎外が帰結する。四本の線には、この順序が含まれています。四項目を暗記するのではなく、一つの事態が四つの面から記述されている、と読むのがこの図の読み方です。
「疎外感」と疎外のあいだ
よくある理解をひとつ取り上げます。疎外を「疎外感」、つまり輪に入れない寂しさや、仲間はずれにされた感覚のことだとする理解です。この理解には理由があります。日本語の日常語では「疎外」はほぼこの意味で使われていて、もともと哲学の翻訳語だったこの言葉は、感情の語彙として社会に定着してきました。検索でこの言葉にたどり着いた人が、まず寂しさの説明を予想するのは自然なことです。
けれども、マルクスの疎外は、第一義的には感情ではなく関係です。労働者が生産物を自分のものにできず、労働の進め方を自分で決められない。そういう客観的な位置関係を指しています。だから、本人が仕事に満足していても疎外は成立しえますし、逆に、寂しさを感じたからといって、それがそのまま疎外だというわけでもありません。疎外は気分の温度計ではなく、関係の測量に近いものです。
「疎外とは仕事がつらいことだ」という縮め方についても、同じことが言えます。つらさは疎外の帰結として現れることはありますが、定義ではありません。裏を返せば、つらさを感じさせない疎外もありうる。そこまで含めて、この概念の射程です。
この区別は、細かい話ではありません。疎外を感情として理解すると、解決もまた感情の側に求めることになります。気の持ちよう、職場の雰囲気、居場所づくり。でもマルクスが指していたのは、感情の手前にある構造でした。感じ方をどれだけ整えても、生産物と生産者の位置関係が変わらないなら、疎外はそのまま残ります。
とはいえ、「疎外感」という日常語が拾っている経験の手触りが、無関係というわけではありません。あの感覚を、気分の側からではなく構造の側から説明し直すための語彙を、マルクスの概念は提供しています。誤解は入り口を間違えているというより、出口の側だけを見ているのだと言えます。
作ったものが戻ってくるとき
最後に、ひとつだけ現在の場面につないでみます。日々の仕事で作った成果物——資料、コード、集計した数字——が、評価指標や納期やノルマの形をとって、自分を管理する側に回ってくる。そんな経験はないでしょうか。作ったものが、作った本人の働き方を決めはじめる。この経験はよく「やる気」や「向き不向き」の問題として、個人の内面に引き取られます。
疎外の概念で見ると、問いの置き場所が変わります。問うべきは気持ちの持ちようではなく、配置です。成果物は誰のものになっているか。仕事の進め方は誰が決めているか。働くことはその人にとって活動そのものか、それとも生き延びるための手段になっているか。『経済学・哲学草稿』第1草稿(疎外された労働) が示した四つの側面は、そのまま今の職場を点検する項目として読み直せます。ただし、疎外の概念を現代の働き方の分析にそのまま当てはめる読み方は、原典に直接書かれているというより、二十世紀以降に広まった受容のひとつです。その距離をわきまえて使うかぎり、この概念は今でも道具になります。
マルクスがこの概念でやったのは、処方箋を書くことではなく、まず正確に記述することでした。自分の生みだしたものと自分との関係は、いまどうなっているのか。それを言葉にできたとき、はじめて見えてくるものがあります。