「片道一時間」の通説と、統計の直答
東京で働くなら通勤は片道一時間、往復ならその倍——なんとなくそう思っていませんか。満員電車に長く揺られるのは、この街で働くことの前提のように語られてきました。では、公的統計はどう答えているのか。総務省統計局「社会生活基本調査」によると、東京都に住む10歳以上の人が通勤・通学に使う時間は、週全体の総平均で一日あたり36分です(2021年)。「片道一時間」よりずいぶん短く見えますが、これは矛盾ではありません。この数字は、通勤しなかった日も、そもそも通勤しない人も含めて割った平均だからです。物差しが違えば、同じ都市でも違う姿に見えます。定義の細かい話は最後にまとめるとして、まずはこの一貫した物差しで、時点ごとの値を追いかけます。
一次データで測る
この調査は五年に一度行われます。手元にある三つの時点を並べると、2011年が39分、2016年が42分、2021年が36分。最初の39分から最後の36分へ、時点どうしを比べれば減っています。ただ、あとで触れる調査上の注意があるので、これは滑らかな「傾向」ではなく、あくまで時点と時点の比較として読んでください。
いちばん高かったのは2016年、いちばん低かったのは2021年です。山は観測期間の端ではなく、真ん中にあります。この形が、次の話につながります。
意外な一点——山は感染症の前にあった
「テレワークが広がって、通勤時間は減った」。この説明は、方向としてはデータと矛盾しません。実際、2021年の値は観測されたなかで最も低い値です。ただ、この説明だけで納得してしまうと、大事な事実がひとつ抜け落ちます。減る直前まで、この数字はむしろ増えていた、という事実です。
ピークは2016年。感染症が広がり始めるより前です。2011年から2016年にかけて、東京都の総平均は上がっていました。そして観測されたなかで最大の振れ幅は、2016年の42分から2021年の36分への下げです。最初と最後の差し引きよりも、この五年間の落差のほうが大きい計算になります。
つまり「東京の通勤時間」は、じわじわ減ってきたわけではありません。上り坂の途中で、一度だけ大きく下がった。その一度が、直近の観測にあたります。2021年の調査時期は、新型コロナウイルス感染症に伴う緊急事態宣言とまん延防止等重点措置が全地域で解除された直後でした。数度の行動制限や三密回避の日常化が生活時間の配分を変えたことは、調査結果の概要でも指摘されています。直近の低い値には、感染症下という特殊な時期の影響が含まれている、とみるのが穏当でしょう。次の調査でこの低い値が続くのか、それとも山へ戻るのか。それはまだ誰も測っていません。私たちが注目したいのは、この一点です。
この数字の読み方の注意
まずひとつめ。本稿の数字は「週全体・10歳以上・非行動者を含む総平均」です。土日など通勤しない日も、通勤も通学もしない人も含めて平均しているので、公表資料などで目にする「平日に通勤した人だけの平均」よりだいぶ短い値になります。片道の体感時間とそのまま比べる数字ではありません。ふたつめ。直近の調査は緊急事態宣言などの解除直後に行われました。解除後も、地域によっては営業時間の自粛といった取り組みが続くなかでの測定です。みっつめ。この調査は途中から二種類の調査票を使う方式に変わっていて、調査年どうしをつなぐときには注意が要ります。推移を「傾向」ではなく「時点間の比較」として書いたのは、そのためです。
数字は答えを出してくれます。ただ、どの問いへの答えなのかは、測り方が決めています。